会社員として靴を作り始めてから3年が経った頃、2011年のことです。

 

東日本大震災が起こりました。

震災という自然災害だけではなく原発事故という起きてはいけないはずの事故だったのです。

 

春には母の乳ガンが見つかりました。

いろいろなことを考えた結果、地元愛知へ帰郷することを決めました。

 

 

2011年の末に、会社を退社し地元に戻ることまでは決まったものの、どう働くのか。まだ悩んでおりました。

自分のやりたいこと、やれることはどこかに勤めようにも、勤め先が無いのです。

 

独立するにはまだ早いのでは無いかとも思いましたが

いずれやろうと思っていたこと。今始めてみよう。

 

そう思い、「靴logi」という屋号に決めて活動を始めました。

 

靴logi(くつろぎ)と読みます。

 

整形靴理論に基づいた靴作りということで理論(logic...正しくは論理)のlogi

寛ぐ(relax)の意味合いも含めています。我ながらいい屋号が思いついたものだなぁと今も思っています(笑)

 

 

屋号が決まったとは言え、それ以外にはお店があるわけでもない当時の僕は、どこかでお客様と出会えなければ仕事になりません。

 

知ってもらう方法としてフリーマーケットに出ることにしました。

出店料だけでも稼げれば、とキーケースやカードケースなど革の小物も作り出すことになります。

 

当時まで知りもしなかった、カフェや雑貨店主催のマーケットやクラフトフェアにも応募して出店を続け、出会いや繋がりが

次の仕事へと続いていきました。

そんな流れで「靴職人」としてではなく「革のものをつくる人」になっていきます。

 

 

 

そしてある時、山に住む猪や鹿が町へと降りてきてしまい害獣として駆除されているという話を聞きました。